質問 |
平成14年度に閉鎖されたという東住吉区の田辺公設市場は、いつ、どういう趣旨で開設されたのかを知りたい |
回答 |
大阪市の公設市場の開設については、「市民の生活費を軽減すると共に、需給の調節の円滑を図り併せて小売制度を改善する目的の下に(大正)七年四月即ち米騒動勃発数ヶ月前に全国各都市に率先して境川・谷町・福島及び天王寺の四市設小売市場を開いた」*1とあります。 当時の状況として、「第一次世界大戦ののち、諸物価は著しく昴騰し、市民の日常生活が極度に圧迫されたため、一般少額所得者階級の生活費がその四割二分を占め、これら食料品を主とする日用廉価供給施設が殊に重要とみられた」*2ことも、公設市場開設の背景にあげられます。 その歴史の流れの中で公設市場が増加され、そのひとつとして田辺公設市場は大正15年12月20日に開設されました。 |
参考文献 |
*1 『明治大正大阪市史 4巻 経済篇下』大阪市編 日本評論社 1934 書誌ID 0070004822 p907 *2 『東住吉区史』川端直正編 東住吉区創設十五周年四ヶ村編入三周年記念事業委員会 1961 書誌ID 0000301758 p237 |