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[終了]【中央】地下1階「受賞図書展+(プラス)!-直木三十五没後90年-」展 中央

今年、令和6(2024)年は作家、直木三十五(なおきさんじゅうご)の没後90年です。
本名、植村宗一。明治24(1891)年大阪市内安堂町に生まれ、大正10(1921)年『時事新報』に文芸時評を直木三十一の筆名で執筆し文筆に専念。以後、年を追って三十二、三十三とし、三十四を飛ばして三十五の筆名で定着しました。
時代小説を知識階級に読まれる内容にまで高めた生前の業績を記念して
没年の翌年昭和10(1935)年に、友人の菊池寛が「直木三十五賞」を設定、現在まで続いています。
没後90年を記念して、直木三十五の著作、関連本や、直木賞受賞作を展示・貸出します。
中央図書館地下1階新刊コーナー横で開催中の「受賞図書」展とあわせてお楽しみください。
【中央】地下1階図書展示 「受賞図書」展 8月14日まで

受賞図書+(プラス)!直木三十五没後90年展看板 受賞図書展+!直木三十五没後90年展風景

【期間】令和6(2024)年8月2日(金曜日)から9月18日(水曜日)まで  終了しました
【場所】中央図書館地下1階 文学コーナー(八角柱)

直木 三十五(なおき さんじゅうご)
(明治24(1891)年2月12日生、昭和9(1934)年2月24日没)
市岡中学卒業後、代用教員を務めたが上京、明治44(1911)年早稲田 (わせだ) 大学英文科予科に入学。学費滞納により除籍されたのち、春秋社、冬夏社などの出版社を設立するが失敗、関東大震災を期に大阪へ戻り、雑誌『苦楽』の編集に従事した。
その後、連合映画をおこして文芸映画を作製したが、失敗を重ねて再度上京、大正10(1921)年『時事新報』に文芸時評を直木三十一の筆名で執筆し、文筆に専念する。当時31歳であった。
昭和5(1930)年、島津藩のお由良 (ゆら)騒動を素材とした『南国太平記』を発表して文壇の流行児となった。ほかに『新作仇討全集 (しんさくあだうちぜんしゅう) 』明治15(1926)年、『荒木又右衛門 (あらきまたえもん) 』昭和5(1930)年、『楠木正成 (くすのきまさしげ) 』昭和6(1931)年、『明暗三世相』昭和7(1932)年、『源九郎義経 (げんくろうよしつね) 』昭和8(1933)年などがある。
【格言など】芸術は短く 貧乏は長し(文学碑)

(参考 商用データベース「JapanKnowledge Lib」)

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